
拝啓
御著詩集“夏花”拝受
忝く存じました。
読みたいと思ってゐたところなの
でまことにありがたく存じました。
書物もよく整った美しさを持つて
ゐてこよなき詩集と思はれまし
た。精読をたのしみにおもひま
すがとりあへず御禮まで 草〃
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長女のまきが産まれた後、花子夫人は美原区の黒山実践女学校(大阪府立登美丘高校の前身)に勤め始めたため、通勤がしやすい堺市に一家で転居します。第二詩集「夏花」、第三詩集「春のいそぎ」を出版し、ますます詩作に力が入りますが、戦争で自宅を焼失するなど、大変な時期でもありました。
拝啓
御著詩集“夏花”拝受
忝く存じました。
読みたいと思ってゐたところなの
でまことにありがたく存じました。
書物もよく整った美しさを持つて
ゐてこよなき詩集と思はれまし
た。精読をたのしみにおもひま
すがとりあへず御禮まで 草〃
静雄は『わがひと~』に引き続き、『夏花』も高村光太郎に寄贈しています。「読みたいと思っていた」、「こよなき詩集」などの大家の言葉に、きっと静雄も喜んだに違いありません。