明治27年(1894)中井芳瀧(なかいよしたき)の作です。芳瀧は、役者絵や風景画(『浪花百景』等)を描いた最後の上方浮世絵師といわれた大阪の絵師で、晩年は堺に住んでいました。 神社仏閣の他、開通したばかりの吾妻橋駅や名産品が描かれ、西洋を意識してか、図版にはローマ字でも地名が書かれています。