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トップページで使った堺の風景を紹介します。
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中央図書館耐震改修等工事 進捗状況はこちら[平成28年1月末終了])
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No.23 椿の井戸
椿の井戸

堺市出身の有名人といえば、千利休もその一人。 彼にゆかりのある場所として阪堺線の宿院駅付近、さかい利晶の杜の東側に「千利休屋敷跡」があり、敷地の奥には椿井と呼 ばれる井戸があります。

名前の由来には二説あります。井戸の水を澄ますために椿の炭を底に沈める習いがあったという説と、利休が茶の湯の師匠・紹鴎の許から持ち帰った椿の一枝を井戸のほとりに挿すと見事に白い大輪の花を咲かせたという説です。井戸を囲んでいる屋形は京都・大徳寺山門の古い部材で建てられたものです。

参考資料:『堺市史』第七巻第三編名蹟誌 第三章 第三節 『福助足袋の六十年』 『堺泉州の隠れた名所99』 『むかしの堺気になる堺 東西南北ガイドブック』 『サライ(2011年2月)茶の湯入門 利休を訪ねる』 


No.22 旧天王貯水池 地図
旧天王貯水池

けやき通りの一角に、凱旋門風の趣ある建造物を目にすることができます。この煉瓦造りの建造物は、旧天王貯水池の正面入口です。

旧天王貯水池は1910(明治43)年に建設され、約半世紀にわたり市民に飲料水を供給しました。その後、役目を終えた貯水池は取り壊しの危機にさらされたこともありましたが、優れたデザインや施工技術等が高く評価され、2001(平成13)年に国の登録有形文化財に指定されました。

内部は通常非公開ですが、けやき通りまちづくりの会主催で一般公開やライトアップ等を行い、地域の活性化にも活用されています。一般公開ではきれいなアーチ型の通路(画像)や、まだ水の残る貯水槽を見ることができます。

参考資料:『堺 にっぽんの旅』2008年刊  『堺市水道百年史』2011年刊  『旧天王貯水池調査報告書』出版年不明  『旧天王貯水池遺構保存運動の経緯について』2011年刊


No.21 諏訪ノ森駅のステンドグラス 地図
諏訪ノ森駅のステンドグラス

前回、南海電気鉄道浜寺公園駅の駅舎をご紹介しました。実はそのお隣、「諏訪ノ森駅」の西側駅舎も国の登録有形文化財なのです。まもなく建造100周年を迎えようとする、歴史ある駅舎です。

西側駅舎は1919(大正8)年に造られました。改札部分の柱や待合せ室のベンチに当時の特徴あるデザインが残り、駅舎正面上部にはステンドグラスがはめ込まれています。松林と白砂の向こうに海原が続き、彼方に見えるのは淡路島。多くの歌人に詠まれた、浜寺の風景です。

参考資料:『民営鉄道の歴史がある景観 1』1986年刊  『FRESHEN 第14号』2000年刊  『えほん・堺』1978年刊  『登録有形文化財建造物目録』2004年刊


No.20 浜寺公園駅の駅舎 地図
浜寺公園駅の駅舎

以前、このコラムでご紹介した大浜の旧堺燈台をはじめ、堺市には歴史的建造物が数多く所在します。 南海電気鉄道「浜寺公園駅」の駅舎もそのひとつ。 1907(明治40)年に建てられ、現在では国の登録有形文化財に登録されています。

この駅舎は、日本銀行本店や東京駅などを手掛けた明治・大正期の建築の大家、辰野金吾らによって設計されました。 柱や梁が見えるハーフティンバー様式の木造建築。 左右対称の外観と正面のとっくり形の柱が特徴的なデザインは、当時より高く評価されてきました。 現在でも多くの人々に利用されています。

一世紀以上にもわたり親しまれてきた浜寺公園駅駅舎。 いつまでも大切にしたい堺の風景です。

参考資料:『京都・大阪・神戸<名建築>ガイドマップ』2011年刊  『FRESHEN 第14号』2000年刊  『民営鉄道の歴史がある景観 1』1986年刊 『近代名建築浪花写真館 写真集』1994年刊


No.19 堺大魚夜市
大魚夜市

毎年7月31日に行われる堺大魚夜市は、鎌倉時代から現在まで続く堺の代表的な夏の風物詩です。

堺が漁港として大変栄えていた頃、海の神様・漁業の神様と言われた住吉大社の夏越祓神事(なごしのはらえしんじ)の神輿渡御祭(みこしとぎょさい)にあたり、漁師たちが魚を奉納していました。その際魚市が立ったことが、堺大魚夜市の起源だと言われています。

今年も7月31日に、大浜公園で開催されました。魚セリをはじめとする様々なイベントの詳細は、ホームページをご覧ください。

参考資料:『大阪府漁業史』1997年刊 『堺名物大魚夜市史談』1950年刊 『むかしの堺』1994年刊 『上方 6号』1931年刊


No.18 堺魚市場
写真は堺旧港観光市場の様子
堺魚市場

古来より堺は漁業が盛んで、京阪地域への海産物供給地として知られていました。堺魚市場は代々魚商人を営んだ名家の久家(ひさけ)が秀吉から現在の英彰小学校付近に土地を賜ったのが起源で、明治以降に現在の栄橋町に移転しました。

堺魚市場では、毎月第2日曜日に、イベント「堺旧港観光市場」が開催されており、魚市場も営業しています。開催予定などはホームページでご確認ください。

参考資料:『旧堺港周辺 歴史探訪』2000年刊 『稿本堺港の研究』1912年刊 『堺探検クラブ 堺旧港マップ』2010年刊 『堺ジャーナル 208号』2009年刊


No.17 浜寺公園のばら庭園
浜寺公園のバラ庭園

浜寺公園と言えば「名松100選」にも選ばれるほど松林で有名ですが、平成5年に完成したばら庭園も大変人気があります。

欧米を中心として品種改良されている現代バラの多くは、「ノイバラ」や「ハマナス」といった日本の自生種が原種となっています。浜寺公園ではそんな自生種を始め、300種6,500株のバラが植えられ、2.7ヘクタールもの広大なばら庭園を彩っています。

バラの見頃は、5月上旬から6月上旬と10月上旬から11月上旬の年2回。外歩きにちょうどいい季節、散策を楽しまれてはいかがでしょうか。

参考資料:『大阪四季花の名所めぐり』 『花ふる大阪府営公園ガイド』 『浜寺公園 ばら庭園』 『PAO! Vol.53〜56 Parkly Osaka』


No.16 法雲寺のツツジ
法雲寺のツツジ

堺市の花木である「ツツジ」の名所としては、堺区の浅香山浄水場や中区の水賀池が挙げられますが、美原区の法雲寺もまた有名です。法雲寺では境内一面にツツジが植えられており、4月下旬から5月上旬の花見頃ともなれば、多くの参拝客を楽しませています。

この法雲寺は寺伝によると、前身は空海を開基とする真言宗の大寺だったと言われています。西除川の氾濫によって流失したこともありましたが、曹洞宗の僧宗月が霊夢によって地中より観音像を掘り出して草庵に安置し、慧極禅師に寺を委ねたということです。

参考資料:『日本歴史地名大系 28‐[2] 大阪府の地名 2』 『美原町史 第1巻 本文編』 『総合佛教大辞典』 『黄檗宗寺院の伽藍計画に関する研究 法雲寺の建築と伽藍計画を中心として』


No.15 美原図書館正面西側の伊東静雄詩碑
伊藤静雄詩碑

日本の近代詩の歴史に大きな足跡を残した詩人 伊東静雄は、その短い生涯のうち約13年あまりを現在の堺市堺区と美原区で過ごし、現在の美原区北余部に在住のまま昭和28(1953)年に亡くなりました。

没後60年にあたる2013年3月、国内で6基目、堺市内で2基目となる詩碑が、美原図書館正面西側に建立されました。

詩碑に刻まれている詩「夕映」は、生前では最後の出版となった詩集『反響』に収められた作品で、戦後に移り住んだ北余部(現在の美原区)の情景が平明にうたわれています。

美原図書館では、伊東静雄の作品に加え、伊東静雄についてのエッセイや評論、回想などの資料を集めた「伊東静雄コーナー」を設けています。


No.14 荒山公園の梅林
荒山公園の梅林

荒山公園(こうぜんこうえん)は、もともとは多治速比売神社(たじはやひめじんじゃ)の社有地でした。

花の名所として知られ、特に50品種・約1,400本ある梅林は有名です。
2月から3月にかけて見ごろとなる梅のほか、4月には桜、8月には坊主池の蓮を楽しむことができます。

荒山公園の紹介ページでは、各品種の梅の写真が紹介されています。


No.13 大浜の旧堺燈台
大浜の旧堺燈台

青い海と空を背景にそびえる白い六角錘の建物−堺旧港の南波止にある旧堺燈台は、現地に現存する木造洋式灯台としてはわが国で最も古いものの一つとされ、国の史跡に指定されています。明治10(1877)年に建築されてから昭和43(1968)年までの長きにわたって役目を果たし、その後も堺の港のシンボルとして親しまれてきました。2007年には解体修理され、元の姿に復元されました。

同じ年、灯台へ続く遊歩道に、詩人の伊東静雄の詩碑も建立されました。旧制住吉中学の教員時代、堺市内に住んでいた伊東は、好んで港付近を散策していたといいます。詩碑には「くらい海の上に 燈台の緑のひかりの 何といふやさしさ」で始まる「燈台の光を見つつ」が刻まれています。

図書館では、この詩の初出の『詩集夏花』を貴重資料として所蔵しています。復刻版の『反響 伊東静雄詩集』『伊東静雄詩集』等もあります。

なお、図書館ホームページのデジタル郷土資料展 旧堺燈台−大浜のきのう・きょう・あす−で旧堺燈台建築に関する詳しいことがわかります。


No.12 中央図書館前の与謝野晶子歌碑
与謝野晶子歌碑

5月29日は堺出身の歌人、与謝野晶子の命日です。今年(2010年)は、晶子と鉄幹の出会いにゆかりのある覚応寺で、恒例の「白桜忌」が営まれるほか、30日に「うたと記念講演」(東文化会館)が催されるなど、「晶子フォーラム2010」と銘打った行事が開催されます。市民に親しまれている晶子の歌碑は、市内に点在しています。生誕百周年を記念して建てられた中央図書館前の歌碑は、晶子の好んだ白桜の枝がのびてレリーフを縁取っています。彫られている「堺の津南蛮船の行き交へば春秋いかに入りまじりけむ」の歌は英訳されて、姉妹都市バークレーにもモニュメントとして設置されています。初夏の一日、ガイドブック『与謝野晶子歌碑めぐり』『与謝野晶子歌碑めぐり−堺市−』を片手に、文学散歩はいかがでしょう。

図書館所蔵資料には、白桜忌に関する資料『白桜』をはじめ、本人の著書、研究書がたくさんあります。詳しくは当館発行の『与謝野晶子著書・関係資料目録』をご覧ください。


No.11 白鷺公園の花菖蒲
白鷺公園

6月に入り、花菖蒲(ハナショウブ)が見頃を迎えました。市内では、大鳥神社の菖蒲祭が有名ですが、白鷺公園にもハナショウブ園があるのをご存知ですか?

ハナショウブは堺市の花でもあります。平成元年、堺市制100周年を機に堺市の花木・花・鳥が制定されました。ちなみに花木は「ツツジ」、鳥は「モズ」です。また、すでに制定されていた市民の木「柳」を加えて、それぞれシンボルマークも製作されています。

白鷺公園では、平成2年から数年にわたり敷地2haにハナショウブを植栽、整備しました。現在は約150種、1万株。公園職員が気温や雨量などを見ながら、苦労して管理しているとのこと。そのおかげで、毎年きれいな姿を見ることができます。場所は南海高野線白鷺駅からすぐです。

図書館所蔵資料では、『堺市制百年史』に、堺市の花として制定したことが書かれています。また、『堺の公園と緑1997』には、市内の花の名所や古樹名木などが紹介されています。もっとあちこち足を運んでみたいなら『新・関西花の名所12カ月』をはじめ、ガイドブックがいろいろとあります。 「白鷺公園の花菖蒲(ハナショウブ)」は、堺市のホームページに詳しく紹介されています。


No.10 浜寺公園
浜寺公園

明治6(1873)年、浜寺公園は、日本最初の公立公園のひとつとして誕生し、海水浴場、リゾート地として賑わいました。

かつてこのあたりの海岸は「高師の浜」と呼ばれ、白い浜と緑の松が織り成す風景は、万葉の時代から多くの歌に詠まれてきました。 その松林も何度かの伐採の危機に遭っています。園内には大久保利通が伐採に反対の立場で詠んだ歌、「音に聞く高師濱のはま松も 世のあだ波はのがれざりけり」が、「惜松碑」として残っています。

第二次大戦後、米軍の進駐の折に多くの松が伐採されてしまいましたが、返還後の整備により、5500本を越える松林が復活し、現在の姿となっています。

図書館所蔵資料では、『浜寺公園記』の他、『泉州むかし話 第4集』『大阪春秋 第95号』などに記載があります。また、中央図書館では、明治36年に発行された『濱寺公園誌』をご覧頂くこともできます。 大阪府公園協会のページもご覧ください。


No.9 国指定史跡 黒姫山古墳
美原 黒姫山古墳

美原区のほぼ中央、阪和自動車道に接してある黒姫山古墳は、5世紀中ごろに築造されたと考えられています。前方部中央の竪穴式石室からは、24領の甲冑をはじめ、鉄製の武具が大量に出土し、注目を浴びました。その甲冑は、みはら歴史博物館で見ることができます。

周辺は「史跡黒姫山古墳歴史のひろば」として整備され、古墳の一部では円筒埴輪の並ぶ姿が復元されています。

図書館では、『黒姫山古墳発掘調査概要』『百舌鳥古墳群と黒姫山古墳』などの資料を所蔵しており、件名「黒姫山古墳」で検索できます。
文化財課の堺の文化財のページ堺市立みはら歴史博物館のページもご覧ください。


No.8 泉北ニュータウンの緑道
泉北ニュータウンの緑道

泉ヶ丘地区、栂地区、光明池地区に点在する公園をつないで、延長17kmに及ぶ、歩行者、自転車用の緑道が配置されています。 一般道と交わる部分は、画像のようなトンネル、もしくは橋が設置され、自動車を気にせずに通行できる、緑に囲まれた散歩道となっています。

緑道の周辺には、桜や梅の名所として親しまれている各公園の他、重要文化財指定の多治速比売神社、古代須恵器の出土品を集めた泉北考古資料館などの見所もあります。

緑道の地図は『歩いて見よう泉北ニュータウンの緑道』、散策には『泉北ぐるりんウォーキング』等の資料をお役立てください。
そのほか、泉北ニュータウンに関する資料は件名「泉北ニュータウン」で検索できます。


No.7 家原寺(えばらじ)
家原寺(えばらじ)

西区にある家原寺は、奈良時代の僧、行基が自らの生家を寺として改めたもので、生涯に多数の寺院を建立した彼の建てた最初の寺でもあります。

本尊の文殊菩薩が知恵をつかさどることから,、知恵文殊として知られ、受験シーズンには本堂が合格祈願のハンカチで一面に覆われるほどです。 また、1月に行われるとんどまつり(お守り、お札、書初め 、しめなわ等をたきあげる法要)も広く親しまれており、毎年多くの人々が訪れています。

図書館所蔵の資料は件名「家原寺」で郷土資料を検索できるほか、件名「行基」でも関連する資料を見つけることができます。


No.6 神輿渡御祭(みこしとぎょさい)
神輿渡御祭

大阪市住吉区の住吉大社は、1704年の大和川付け替えまでは堺と地続きでした。

7月末から行われる住吉大社夏祭りの見所のひとつが、住吉大社から堺区の宿院頓宮まで神輿が運ばれる神輿渡御祭で、8月1日に行われます。

数年前までは自動車で運ばれていましたが、平成17年からは45年ぶりに大和川を歩いて渡る「お渡り」が復活しました。 画像は平成20年8月1日の「お渡り」を撮影したものです。

前日7月31日に堺の大浜で行われる「大魚夜市」は、神輿渡御にあわせて行われたのが由来と言われています。

住吉大社や、堺との関係については、『住吉大社』 『住吉信仰』 『住吉区史』 『特別展 住吉大社』等の他、件名に「住吉神(大)社」と入れて検索いただくと資料を探すことができます。


No.5 大美野の噴水
大美野の噴水

東区大美野は、ヨーロッパの町並みを取り入れた田園都市として昭和初期に開発されました。大美野の名は、募集によって名づけられ、土地のあった大草村と野田村を美しく結ぶという意味があるそうです。

写真の噴水を中心として8本の道路が放射状に広がるロータリーが特徴的で、ロータリーからつながる商店街は「ファウンテン(噴水)通り」と名づけられています。

この大美野の成り立ちは『近代日本の郊外住宅地』の中で「大阪南部堺市に忽然と現れた環状放射街区」としてまとめられています。また、当時の絵葉書・パンフレットなどを中央図書館郷土資料として所蔵しています。書名に「大美野」と入れて検索してください。 大阪まちなみ百景堺市東区のページにもそれぞれ紹介されています。


No.4 百舌鳥古墳群 いたすけ古墳の狸
いたすけ古墳の狸(イスケ)

いたすけ古墳は百舌鳥古墳群のほぼ中央に位置する、前方後円墳です。 この古墳から出土した衝角付冑形埴輪は堺市文化財シンボルマークのモチーフとなっています。

また、狸が住み着いていることでも有名で、新聞等でも報道されました。 (図書館では2004年11月29日の朝日新聞掲載の記事を、縮刷版またはオンラインデータベース、マイクロフィルムで確認できます) 運がよければ、画像のように橋に出てくる姿をみることもできます。

いたすけ古墳について調べる場合は、詳細蔵書検索予約画面から件名に「いたすけ古墳」または「百舌鳥古墳群」と入れていただくと、図書館所蔵の関連資料を確認することができます。 文化財課のページ「デジタル古墳百科」もご覧ください。


No.3 国指定史跡 土塔
国指定史跡 土塔

堺市中区、土塔公園にある史跡土塔は、奈良時代に行基が建立したとされる四十九院のひとつ、大野寺の境内に築かれていた仏塔です。 土を盛り上げ、各層に瓦が葺かれた十三重の塔であり、全国でも類例の少ない貴重な史跡です。

調査の結果、大量の瓦が出土しており、特に人名などが記された文字瓦が多く出土しているのが特徴となっています。

図書館では、土塔から今までに出土した約1200点の文字瓦を集めた『史跡土塔 文字瓦聚成」などの資料を所蔵しています。詳細蔵書検索予約画面から、件名に「土塔」または「行基」と入れて検索いただくと、図書館所蔵の関連資料を確認することができます。 文化財課のページ「土塔の文字瓦」・堺観光ガイドのページ「土塔(どとう)」もご覧ください。


No.2 ツアー・オブ・ジャパン 堺ステージ
ツアーオブジャパン堺ステージプレイベント

日本では最大級の国際自転車競技連合公認レース、ツアー・オブ・ジャパンは毎年5月に開催されます。(2008年は5月18日に開催) 7つの都市をめぐるこのレースは、堺市を皮切りにスタートします。 2008年からは「大阪ステージ」から「堺ステージ」に名称が変更されました。

ほぼ平坦コースの堺ステージは、集団でのゴールスプリントが見所といわれています。 また、レース前日には市役所前広場でプレイベントが開催されています。(画像はプレイベント)

自転車の資料については「図書館で解決!?」第12号「自転車のまち・堺市」もご参照ください。


No.1 内川の鯉のぼり
内川の鯉のぼり

4月から5月中旬にかけて、堺駅前の内川に、たくさんの鯉のぼりが揚げられています。

この鯉のぼりは、堺駅前商店会、堺駅前栄橋商店会、堺市商店連合会、地元の自治会や企業、NPOが協賛している「鯉のぼり実行委員会」があげているものだそうです。

堺駅前だけではなく、住吉橋から竜神橋の間にもたくさんの鯉のぼりが揚げられ、鮮やかな風景となっています。