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1902年頃と2013年の写真

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1902年頃の写真 2013年の写真
撮影月日:2013年6月6日
撮影場所:堺市堺区宿院町東4丁1-30
南西より北東方向を撮影

『堺大観』第4巻、p.105-108、上記写真はp.108-109間に掲載、明治35年前後


顕本寺について

室町期の宝徳3年(1451)日隆(にちりゅう)聖人が創建した法華宗の寺院で、当時は甲斐町東山之口筋の一角にあったと推定。大永7年(1527)には足利義維(よしつな)を擁立していわゆる「堺幕府」が樹立され、顕本寺は幕府の終焉の地となる。幕府の中心人物であった三好元長は当寺で自害した。元和(げんな)の戦火により現在地の宿院に移転。元長や高三隆達(たかさぶりゅうたつ)の墓などがある。堺大空襲では伽藍等が焼失したが平成15年(2003)には現在の本堂が建立された。


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参考文献

『堺市史』第7巻,p.681-683
『大阪府全志』巻5、清文堂、1922年、p.338-346
『堺鑑』中、衣笠一閑、貞享元年(1684年)
「顕本寺 沿革」、顕本寺、2012年