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佐藤政則「堺銀行文書の魅力」(『堺研究』第30号)に関連して、当館所蔵の引札や「堺銀行文書」を一部紹介します。平成14年度8月に当館ロビーにて開催したミニ展示をもとに構成したものです。

堺銀行のあゆみ

堺銀行設立 「堺銀行主要事項年表」へ
株式堺銀行設立願書・定款 株式会社堺銀行営業継続願書・定款 第壱回半季実際考課状
株式堺銀行設立願書・定款 明治25年12月
(堺銀行文書0−01)
株式会社堺銀行営業継続願書・定款 明治26年7月
(堺銀行文書0−02)
第壱回半季実際考課状 明治26年7月
(堺銀行文書0−03)
決議録(重役会議等) 会議決議録(株主総会)
決議録(重役会議等)
(堺銀行文書08)
会議決議録(株主総会)
(堺銀行文書06)

日誌 明治25年11月起 (堺銀行文書91)

 事務日誌。明治25年11月8日「銀行創立ノ事、太田平治、日置善作ト共ニ評議ス」から始まる。12月23日に大浜茅海楼にて取締役・監査役等を選出、1月1日の朝日新聞と毎日新聞に開業広告掲載を依頼するなど、開業準備の様子が記される。26年1月6日開業日には「本日開業。当座預リ数口取扱ヒ、午後四時過、事務終了ス」と記される。
日誌 明治25年11月起 表紙
表紙
日誌 明治25年11月起
為替取組銀行名簿 表紙
表紙

為替取組銀行名簿 明治38年8月起
(堺銀行文書25)


 引札や新聞広告でも、「為替取組先百余ケ所あり」と金融取引の広さをアピールしている。
資本金減資
資本減資ノ当時消却シタル滞貨損金扣
明治36年 (堺銀行文書42)


 大阪金融界を直撃した明治34年恐慌によって堺銀行も大きな打撃を受けた。日露戦争が勃発する37年には、公称資本金を40万円に減資して損失金の補填を行った。

「堺銀行の魅力」151ページ
 
資本減資ノ当時消却シタル滞貨損金扣
表紙
『日誌』 明治36年7月〜37年6月


『日誌』 明治36年7月〜37年6月
(堺銀行文書98)


 明治37年4月8日の項には、資本金減資広告を朝日新聞に掲載した旨の記述がある。

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任意解散
土地建物売却方法 明治44年
(堺銀行文書72−1)


 営業満期が近づいた頃、本店所在地が阪堺軌道会社の線路用地として収用されることになり、移転・新築問題が浮上し、ついに任意解散が決まった。その後の清算処理が円満に終結したように、余力をもった解散であった。

「堺銀行の魅力」151ページ
土地建物売却方法

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