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1902年頃と2012年の写真

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1902年頃の写真 2012年の写真
撮影月日:2012年9月22日
撮影場所:堺市西区浜寺公園町2丁
浜寺公園入口の右手付近の遊歩道より碑に向かって撮影

『堺大観』第7巻、p.47-66、上記写真はp.66-67間に掲載、明治35年前後

浜寺公園大久保卿詠歌について

惜松碑(せきしょうひ)と呼ばれるこの碑には「於東二起久(おとにきく)高師農濱廼(たかしのはまの)者末丶都毛(はままつも)世能阿多奈見盤(よのあだなみは)乃可禮左利計李(のがれざりけり)」と記されている。明治6年(1873)の夏に、松の濫伐のため、荒廃していた高師浜を訪れた大久保利通卿がこの歌を詠み、堺県令税所篤(さいしょあつし)に伐採の中止を命じ、浜寺公園が誕生した。碑は明治31年にこの事を紀念し、当時あった「海濱院」の門近く(現在の公園事務所付近)に建立され、今も公園入口右手奥に残る。


参考文献

『堺市史』続編第1巻,p.1223-1224
『浜寺公園誌』、図南居士、今井文岳堂、1903年、 p.26-39
『大阪府全志』巻5、清文堂、1922年、p.338-346
『海遊都市』、橋爪紳也、白地社、1992年、 p.54-58,p.180-196
『翔ぶが如く』1、司馬遼太郎、文芸春秋、1975年 p.315-316