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明治時代の後期、堺市では市史を編纂するため当時の堺の地誌や歴史関連の資料を収集しました。しかし市史編纂には至らず、集められた資料は『堺史料類纂』として編集され、当館で所蔵しております。市史編纂の資料は、明治36年(1903年)の第五回内国勧業博覧会(大阪市と堺市が会場)の際、堺市の案内記を作るときに使用され、そのときの稿本(草稿本)が『堺大観』として今日に伝わっています。また、案内記は、『堺市案内記』という書名で出版されました。この『堺大観』の写真編では明治の堺の様子をうかがい知ることができます。大和川に架かる鉄橋の上を汽車が通る写真、町並みや名所旧跡の写真から当時の堺の様子がわかります。


『堺名所案内』
写真:『堺名所案内』
明治27年(1894年)に浮世絵師・中井芳瀧の画文により発行されました。当時の堺市と近郊の名所・物産を紹介しています。

『堺史料類纂』(稿本)
写真:『堺史料類纂』(稿本)
明治時代の後期、堺市では市史を編纂するため当時の堺の地誌や歴史関連の資料を収集しました。しかし市史編纂には至らず、集められた資料はこのように『堺史料類纂』として当館に保存されています。明治の堺を知る上で貴重な資料になっています。

写真:『堺大観』(稿本)
『堺大観』(稿本)
明治36年(1903年)の第五回内国勧業博覧会(大阪市と堺市が会場)を契機に堺市の案内書(旅行ガイド)を作ることになり、まとめられたのが、この『堺大観』です。当時の堺市内(現在の堺区域周辺)を大きく5つに分けてそれぞれ一冊にまとめ、地域の説明がされています。

写真:『堺市案内記』
『堺市案内記』
明治36年(1903年)に出版された堺市の案内書(旅行ガイド)です。『堺大観』を要約して出版しました。

『堺大観』写真編
『堺大観』を編集する際に撮られた堺市内の写真です。これらの写真から、明治の堺の様子をうかがい知ることができます。
写真:大小路(『堺大観』写真編より)
大小路
写真:大道筋(『堺大観』写真編より)
大道筋
写真:山之口筋(『堺大観』写真編より)
山之口筋

写真:宿院(『堺大観』写真編より)
宿院
写真:堺区裁判所(『堺大観』写真編より)
堺区裁判所
写真:堺警察署(『堺大観』写真編より)
堺警察署

写真:宿院(『堺大観』写真編より)
堺市役所
写真:大道筋(『堺大観』写真編より)
堺東停車場(高野線)
写真:宿院卯之日座(『堺大観』写真編より)
宿院卯之日座

写真:浪速銀行堺支店(『堺大観』写真編より)
浪速銀行堺支店
写真:酒造組合事務所(『堺大観』写真編より)
酒造組合事務所
写真:緞通組合事務所(『堺大観』写真編より)
緞通組合事務所

写真:神宮奉斎会(『堺大観』写真編より)
神宮奉斎会
写真:府立堺中学校(『堺大観』写真編より)
府立堺中学校
写真:市立堺高等女学校(『堺大観』写真編より)
市立堺高等女学校

写真:市立堺高等小学校(『堺大観』写真編より)
市立堺高等小学校
写真:英彰尋常小学校(『堺大観』写真編より)
英彰尋常小学校
写真:熊野尋常小学校(『堺大観』写真編より)
熊野尋常小学校

写真:百舌鳥耳原中陵(仁徳帝御陵)(『堺大観』写真編より)
百舌鳥耳原中陵(仁徳帝御陵)
写真:百舌鳥耳原南陵(履仲帝御陵)(『堺大観』写真編より)
百舌鳥耳原南陵(履仲帝御陵)
写真:開口神社本殿(『堺大観』写真編より)
開口神社本殿

写真:開口神社内旧大寺の塔(『堺大観』写真編より)
開口神社内旧大寺の塔
写真:大鳥神社(『堺大観』写真編より)
大鳥神社
写真:方違神社(『堺大観』写真編より)
方違神社
写真:上石津大社(『堺大観』写真編より)
上石津大社
写真:下石津大社(『堺大観』写真編より)
下石津大社