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1902年頃と2012年の写真

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1902年頃の写真 2012年の写真
撮影月日:2012年9月22日
撮影場所:堺市堺区北三国ヶ丘町3丁1
けやき通りの三国丘校区地域会館前より北方向を撮影

『堺大観』第7巻、p.136-138、上記写真はp.138-139間に掲載、明治35年前後

向井神社桜花について

東原(あずまはら)大明神、楯井原社、牛頭(ごず)天王社の名でも呼ばれた向井神社は、方違神社の東南に位置し、明治初めまで同社と同様向泉寺を別当としていた。境内地の西側には反正天皇御陵の陪塚天王古墳があり、中央の黐(もち)の木周辺は江戸時代には桜の名所として知られていた。明治30年(1897)ごろまでは神輿(みこし)の渡御(とぎょ)もあったが、一村一社「神社合祀令」によって、明治40年10月より同じ村の方違神社に合祀された。


参考文献

『堺市史』第7巻,p.741-743
『堺市案内記』、第5回博覧会堺市協議会、1903年
『和泉名所図会』巻之二、秋里籬嶌、寛政7年(1795年)
『方違神社 研究と史料』、植垣節也、皇学館大学出版部、1978年
『角川日本地名大辞典』27(大阪府)、角川書店、1983年
『明治前期・昭和前期大阪都市地図』、清水靖男編、 柏書房、1995年
「三帝陵東原天王社向井村絵図」、小紋庵潤水、1966年