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1902年頃と2013年の写真

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1902年頃の写真 2013年の写真
撮影月日:2013年1月20日
撮影場所:堺市堺区甲斐町東2丁1
神社東門南側のマンションの駐輪所付近より開口神社の境内を撮影

『堺大観』第4巻、p.126-135、
上記写真はp.135-136間に掲載、明治35年前後

開口神社内 旧大寺の塔と牡丹について

神社境内に、僧・行基により念仏寺が建立され、開口神社というより「大寺(おおてら)さん」の愛称で呼ばれている。写真の三重の塔は、明治の廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)で念仏寺が廃寺になった後も、昭和まで残っていたが、昭和20年(1945)の堺大空襲で焼失した。塔があった場所は、神社南東部の稲荷社と神社南側のマンションの北東部近くにあった。宮司さんの話によると地下に礎石が残っているという。


参考文献

『堺市史』第7巻,p.520
『元禄二己巳歳堺大絵図』、前田書店出版部、1977年
『開口神社と堺』、堺市博物館、2012年、p.23-24
『和泉名所図会』巻之一、秋里籬嶌、寛政7年(1795年)
『堺鑑』上、衣笠一閑、貞享元年(1684年)