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むかしの堺港と大浜

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 堺がヨーロッパ人に知られるようになったのは、1549年フランシスコ・ザビエルが日本へ来てからのことです。その後、イエズス会の宣教師たちが相ついで堺を訪れ、本国へ向け堺の情報を伝えました。そうしたなかで、彼らにとって堺港は、アジア海域の船がみんな集まってくる「東洋のベニス」のように、繁栄した国際貿易港としてイメージされました。
 展示の「堺港図」はオランダ人モンタヌスが、16〜17世紀初頭に日本にやってきたキリスト教宣教師やオランダ商館員らの報告からまとめた本『東インド会社遣日使節紀行』(通称『日本誌』)の挿絵です。想像図なので地形的には実際の堺と異なっていますが、当時のヨーロッパ人に伝わった堺の繁栄のイメージが表されています。

1 モンタヌス日本誌「堺港図」  1669年

モンタヌス日本誌「堺港図」

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